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    <東京マラソン>プロポーズの地、再び完走…一人娘と再出発

    ぐっとこみ上げるものがあった。
    早く見つかれば助かっていたのに大変残念。
    よりよい新薬開発を期待したい。
    遺言をしっかり残すことができたのがせめてもの救いだろうか。

    東京都心を約3万6000人が駆け抜けた東京マラソン。埼玉県春日部市の会社員、石山和秀さん(35)には4年前にゴール地点でプロポーズをした思い出深い大会だ。しかし伴侶となった久美子さんは肺がんのため、一人娘を残して34歳で逝ってしまった。石山さんは23日、妻の写真をリュックに入れてあの日と同じ景色を完走した。新たな一歩を踏み出すために

     2010年。石山さんは「一生忘れないプロポーズに」と決意し、初のフルマラソンに挑んだ。ポーチに忍ばせたリングをゴールで待っていた久美子さんに差し出すと、左手の薬指にはめてくれた。

     結婚翌年に長女夏妃(なつき)ちゃんを授かり、マイホームも手に入れた。石山さんはジョギングをするとき、いつも久美子さんが看護師として働く病院で折り返した。「今、下にいるよ」とメールを送ると、帰宅した久美子さんは「私のこと相当好きなんだね」。一緒に笑った。「この幸せがずっと続く」と思っていた。

     久美子さんは12年初め、首のリンパ節が腫れているのに気付いたが、精密検査は痕が残るので避けてしまった。その後に続いた熱やだるさも、2人して「産後で体調が戻らないせいだ」と思い込んでいた。

     「大きい。私、駄目かも」。肺がんが見つかった同年秋、患部の画像を見た久美子さんがつぶやいた。6日後、夫婦でデパートに向かい、1歳の夏妃ちゃんには早過ぎるランドセルを買った。娘の成長を見届けられない悔しさに、車に乗るたび夫婦で泣いた。

     13年元日、久美子さんは入院。病床で「本棚を見てね」と言われて自宅で確認すると、黒い手帳に6通の手紙が挟んであった。

     1通は石山さん宛て。<おばあさんになるまで傍(そば)にいたかった。なっちゃんが子どもを産むまで見守ってあげたかった><ママのものは全部なっちゃんにあげるんだ。だから、和くん、ちゃんと手入れしといてよ!>。残り5通は未来の夏妃ちゃんへの伝言だった。間もなく、久美子さんは息を引き取った。

     東京マラソンの当選通知が届いたのは、思い出の場所を通るたびに涙があふれていた頃だ。「前に踏み出してほしい」と言われている気がした。あの病院を折り返し地点に、また練習を始めた。

     数日前に風邪をひきタイムは6時間を超えたが一度も歩かなかった。涙で顔をくしゃくしゃにし、久美子さんの写真を頭上に掲げゴールをくぐった。「これが新たなスタートだ」。完走のメダルを夏妃ちゃんの首にかけた。
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