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    公立福生病院にて透析中止の選択肢を迫られた問題について

    透析治療というのはなかなかに大変なものだ。
    血圧が下がって具合が悪くなったり、足がつったりもよくある。
    しかし保存期末期の苦しさを思うといかに透析がありがたいものだと実感する。

    公立福生病院の外科医は透析中止が安楽死であるかのように
    説明しているが透析中止した腎不全末期患者は
    決して安楽死なんかではない。保存期末期には
    ひたすら続く吐き気と嘔吐、下痢、食欲不振に
    命の危険を常に感じていた。
    透析患者は保存期末期患者よりも自己の腎機能は衰えているので
    遥かに早い時間で相当な苦しみを味わったのちに死んでしまうだろう。

    実際に透析中止の判断をした女性も死の間際には
    相当な苦しみを味わい、「透析中止の判断を撤回する」意思を示していた。
    しかし病院側には受け入れられずに亡くなってしまった。
    インフォームドコンセントは十分な説明と同意が基本だが
    一度同意したものでも撤回することができる。
    特に生命の危機に直結する決定であれば
    病院と医師は繰り返し意思の変更はないか確認すべきであった。

    シャントが使えなくなって頸動脈から針を入れると相当な痛みらしいが
    正直命には代えられない。
    針の痛みよりもはるかに大きい苦痛が近い将来に確実に待ち構えている。

    透析医療は非常にお金と時間がかかり
    それが国の経済に大きく影を落としているのも明らか。
    貧しい国の生まれなら腎不全イコール死亡なのも確かだ。

    臓器移植、もしくは自己細胞移植によって透析から
    解放される未来が早く来てほしい。
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